果ての磯に夢追えば

島に移住した20歳の未熟者が、巨魚を求めて紡ぐ物語。

エピローグ

 


目が覚めた。


眼前に広がるのは見慣れない天井。ゆらゆらと揺られる鉄の箱の中。


一瞬の思考の後、気付く。

 

 

俺はもう、あの島にはいないんだ。

 

 

 


そして、今まで見ていた夢の内容を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


フェリー乗り場にいる青年を見ていた。私によく似た背格好だった。

ベンチで項垂れていた彼はしばらくの後に急に立ち上がった。そして、おもむろに乗船券を破り捨て、覚悟を決めたような顔でフェリーターミナルを後にする。

 

 

 

 

 

 

 

彼は私だった。いや、出発の日、そうあったかもしれない私だった。

 

 

 

 


内地に残ることを決めた向こう側の彼はその後、非常に優秀とまでは言えないまでも必死に勉学に励み、その結果、これまた超一流とまでは言えないまでもそれなりの企業に就職する。大学時代に釣りをやめた直後にできた恋人と結婚し幸せな家庭を築き、子供の顔をを親や祖母に見せにいく孝行息子になる……

 


そんな未来もあったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

今の私はそんな彼をどこか羨ましげに眺めている。

 

 

後悔がない?やりきった?

 

そんなわけがあるか。後悔なんていくらでもあるしやり残したことも数えきれないほどある。こんな無謀な挑戦、やらなければよかったと今でも確信を持って言えるし、もし7ヶ月前のフェリー乗り場に行けるなら、たくさんの希望とほんのちょっぴりの不安を抱えたその青年を思いっきりぶん殴って移住を止めさせるだろう。


それほどまでにここでの生活は苦しかった。

 


苦しくて、狂しかった。

 


たとえ夢が叶うことがわかっていたとしてももう二度とやりたくないほどに。

 

 

結局私は、何か変わることができたのだろうか?

 


相変わらず精神的に不安定なままだったし、自分のことは大嫌いで、自信も持てなかった。

 

 

この島で得た経験は他の選択肢では絶対に得られないものだったろうが、だからといってそれが何になるのか。

 

 

 

結局、夢を叶えようが叶えまいが、後悔なんてものは絶対についてくるもので。

あったかもしれない可能性に惹かれてしまうのは無駄なことだと分かっていても必然なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

だがいつからだろう。これまで羨ましがるばかりで直視出来なかった彼をまっすぐ見据えることができるようになっていたのは。

 


そうして漸く気付いた。

 


向こう側の彼も私と同じく少し羨ましげにこちらを見ていることに。 

 

 

 

この半年で得たのはそんな月並みな答えだった。あまりにも平凡で簡単な答えだ。賢明な皆様にとっては分かりきったことかもしれないし、ここで改めて文字に起こす必要すらないだろう。

 

 

 

 


ふと、島を出発する間際に見た光景が蘇る。

 

半年間お世話になった部屋。


目に入った壁掛けの鏡には、どこかを羨ましそうに見つめる顔が映っていた。

 

そこに、半年前には絶対に吐けなかったであろう台詞を投げかける。

 

 

“お前も幸せなんだろう?”

 

 

 

満足げに微笑み返したのは俺か、僕か、私か、あるいは彼だったのか。

 

 

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Make hay while the sun shines.

島から引き上げる日まで1週間を切った3月の中頃、最後の沖磯釣行を決行した。

 

「最後の」なんて言っているが、この2日前にも「最後の」と言って沖磯に行っている。その時の状況が良かったので、我ながらバカだなあなんて思いながらもこの日も急遽沖磯に乗ることにした。

 

仕事の関係上、出船したのは午後12:30。同行者は職場で仲の良い同僚Mさんと、遠征で島に来ているらしい大学生二人組である。

 

遠征者は船でジギング、我々は磯に乗る。

 

目指す磯は名礁サワラ根。船は凪いだ海を滑るように進みその距離に応じて我々のボルテージも高まっていく。

 

が、サワラ根が見え始めたあたりでなぜか船のエンジンがスローダウンした。

 

(エンジントラブルだろうか…)

 

嫌な予感が胸をよぎるが、予想とは裏腹に船長がニコニコしながらデッキに向かってきた。

 

「サワラが掛かったよ!」

 

……。

 

どうやら、磯に行く道中で引っ張り漁(トローリング)をしていたらしい。

 

(このクソジジイが……)

 

そんな言葉が喉元まで上がってくるがなんとか呑み込む。

 

今日はいつもお世話になっているK船長が本業のダイビングの方で忙しいため、たまにしか使わないこの船を頼ったがまさか出だしからこんなことが起こるとは……

 

(ちなみにこの船長は渡した磯の目の前でトローリングをして釣り人を呆れさせることで有名である。)

 

少し話が逸れたので本題に戻る。

 

気を取り直して再び動き出した船はようやくサワラ根に到着。

 

無事に磯渡しが完了すると、船長は磯のすぐ目の前でジギングを始めた。

 

(クソジジイが!)

 

今度は声に出ていたかもしれない……

 

気にしてもしょうがないのでゆっくりと準備を始める。

 

これまでの傾向から言って、おそらくこの磯にとって良い潮が流れ始めるのは午後3時頃。今はまだ1時なのでなんなら投げる必要すらない。(この磯の魚は本当に決まった潮でしかルアーを食わないのだ)

 

 

だが、読み通りに動いてはくれないのが自然というものだ。

 

 

ルアーを投げてみると何故か流れが効いている。それも釣れる方向の流れだ。

 

予想よりも2時間早い。

 

同行者のMさんも気付いたようで、2人して投げる方向を潮に合わせて変える。

 

その一投目、Mさんのルアーに派手な水柱が上が。そのままヒット!

 

この魚はしばらくファイトした後にブレイクしてしまったが、いきなりの好反応に期待は高まる。(ブレイクではなくバラしだったかも。理由は後述するがこの日掛けた魚がどうなったかはほぼ覚えていない。)

 

 

そして自分の投げていた別注平政220にも水飛沫が上がりヒット!

 

特有の引きから判断するにどうやらキハダのようだがどうにも様子がおかしい。というのも、明らかに魚が強すぎるのだ。ポンピングから分かる大体の重さはどう考えても10kg以下。だがそのサイズの引きではない。

 

沖で走らせだはずなのに手前でも元気が有り余って右に左に走りまくる魚をなんとか抑え込み、ランディング成功。

 

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キャッチしたキハダはやはり10kgない。このサイズの魚なら何度も釣ったことがあるが、正直今回の魚はどう見てもサイズと引きがつり合っていない。

 


さらにそこからも当たりが止まらない。

 

 

 

ある程度反応のいいルアーは決まっているが、それでも何を投げても反応があるし、反応がなくなっても数分場所を休ませるとまた反応が復活し、着水バイトも何度もあった。

 

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結局回収までの4時間、ずっとキハダが出続けヒットとブレイクとバラし、そしてたまにキャッチを繰り返し自分は15ヒット5キャッチ、Mさんと2人で合わせて25ヒット6キャッチという俄には信じ難い結果となった。

 

 

 

せっかくのいい状況を遠征者にも体験してもらいたくなったので、船長に直談判して急遽遠征者にキャスティングをしてもらうこととなった。

 

 

 

そのうち1人は竿が折れたらしいので自分のタックルを貸すことにした。

 

 

 

 


最初の5投ほど、なんの反応もなくもしかしてもう終わったのかもしれないと不安になったが、1人にキハダがヒット!

 


続いてもう1人をド派手な着水バイトが襲う。

 


ダブルヒットだ!

 

 

 

 


初めて掛けたらしいサイズの魚に何度ものされながらも、終始興奮した様子でファイトする2人を全力でサポートする。

 

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結局2人ともキャッチに至り、とてもいい思い出になったと喜んでくれてこちらまで嬉しくなった。

 

 

 

暗い時間まで船を出してくれた船長、ありがとうございます。クソジジイなんて言ってすみませんでした。

 

 

 

 


さてその船長もとい愛すべきクソジジイは、捌いたマグロの肝臓と心臓を不衛生にもデッキに広げて、ドン引きするこちらの4人にしきりに勧めながらも自らもそれを柿ピーのように貪りながらこんな話をしてくれた。

 

 

 

「こんな諺がある。“Make hay while the sun shine.” この意味が分かるか」と。

 

 

 

かっこよく英語で書いているが実際には「メイクヘ〜イ、ホワイルザサンシャーイン」くらいの発音だったし、よくよく考えるとshineではなくshinesだろう笑。

 

 

 

恥ずかしながら東大生の私はヒントをもらうまで分からなかったが要はこういうことらしい。

 


太陽が輝いているうちに干草を作りなさい。転じて、時合いを逃すな。

 

 

 

この船長はこんな風に格言を言うことでも有名である。(そして毎回同じ格言、同じ話をするというオチまで付いている。)

 

 

 

文句を言いながらも何だかんだみんながこの船を使う理由がなんとなく分かったような気がした。

 

 

 

逃すどころか時合いが向こうから来てくれてずっと留まり続けたことと、船長のご厚意に感謝しながら、月明かりに照らされるデッキの上でMさんや遠征者と楽しく語り合うのであった。

 

 

 

二月二十八日

悲観。卑屈。否定。自虐。

 

 

 

謙遜ではない嫌味でもない恐らくは事実ではない。

 


が、ある個人に見える世界が主観にしか拠らないことを鑑みるに、それは絶対であり法にも神にもなるだろう。たとえそれが客観的に見て事実であろうとなかろうと。

 


その様は他者の目には滑稽に、ともすれば不快に映るらしい。

 

別に俺だって人を不快にしたいわけじゃないしできることなら胸を張って堂々と振る舞っていたい。

 

でも嘘はつけない。鏡に映る自分はこんなにも醜くて矮小で惨めで卑劣で脆弱なのだから。

 

 

努力の末に目標を達成できれば、通い続けた先で大きい魚が釣れれば自分に自信が持てると思った。

 

実際、魚を釣って数日はそんな気持ちになった。

 

でも、ふとした時に自分の欠点に直面したり上手くいかないことがあるとダメだった。

 

否定。否定。否定に次ぐ否定。

 

結局本質は変わらないのだ。そんなふうにまた自分を否定している。

 

この歪みきった自己像は一体どこから来て、どうすれば消せるのか誰か教えてください。

 

 

 

琥珀、朝を透かして

午前4:15、いつもの起床時間。いつも通りパンを食べて、いつも通り左のポケットにグローブ、右のポケットにヘッドライトとスマホを入れ、いつも通り右足から靴下を履きいつも通り30分後に出発。

 


いつもの山道。いつもの磯、いつもの立ち位置、いつもの潮流、いつものルアー。

 

 

 

一昨日も昨日も今日も明日も明後日も。

 

 

 

狂ったような繰り返し。

 

 

 

もしその果てに何かを掴んだなら

 

 

 

 


いつもとは違う景色が見えたのだろうか。

 


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二月某日。この日も朝から磯に向かう。

 


カンパチのハイシーズンとあたりをつけていた2月に入ったものの地磯では未だにハッキリとした反応は得られていない。まだ暗い山道を歩きながら、迫り来るタイムリミットとも相俟って焦りばかりが募っていく。

 

 

 

ポイントに到着してみると読み通り上げの激流になっている。あまり期待は持てないな、そう考えながらいつも通りマグナムミノーをセット。

 

 

 

最近はまずミノーを3〜5投した後、トッププラグを投げるのがルーティンワークになっている。

 

 

 

一投目、左手にある根を掠めるように流れにアップでミノーを投げ込む。

 


何も無い。

 


二投目、今度は少しコースをずらす。

 


何も無い。

 


三投目、再度コースをずらす。

 


何も無い。

 


四投目、流れのヨレに向かって若干ダウン気味に投げる。

 

 


……衝撃と共に何かがヒットした。

 

 


一瞬流れに乗られドラグを出されたがさほど走らずに程々で止まった。

 

 

 

ポンピングに移行すると意外とすんなり手前までは寄ってきたが、駆け上がり付近で明らかに挙動がおかしくなる。根に執着し始めたのだ。更に鋭い切り返しで何度もテンションが抜けそうになる。

 


次いで、足元の根に沿って猛烈な突っ込みを見せるが、魚体がうっすらと見えているのでスプールを掴んで強引に止めると、魚体が水面まで浮いてきた。

 


見えたその姿はなんと本命カンパチ。動揺し、もたついていると今度は反対方向の根に突っ込む。

 

ここは走らせる場面ではないと判断し、再度スプールをつかみ止めると今度こそ魚が水面に浮いた。そのままリーダーをつかみ波に合わせてずり上げた。

 

 

 

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ヒレナガカンパチ 103cm、11.5kg

 

 

 

 


この魚に会うためにここまで来た。また一つ、夢が叶った。

 

 

 

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“無駄だと思えた今までの努力はこの瞬間のためにあったんだ”

 

 

 

 

 

 

この言葉だけは言わないと決めていた。

 

 

 

結果を根拠に過去を肯定してしまったら、逆説的に過去そのものの価値を否定してしまうことになるから。

 


過去は今のためにあるのではなく、ただその日その瞬間のためだけのものだ。

 


ただ、幾多の“いつも”の延長線上に結果があっただけだ。結果が出ようと出まいとその価値は不変だ。

 

 

 

 


それでも努力の先で結果が出たことはどうしようもなく嬉しいので、今日くらいは自分を褒めてやることを許してほしい。

 

 

 

 

 

 

冷めやらぬ興奮と纏まらない思考の中、再び足元に目を落とす。

 


朝焼けを透かして琥珀が燃えていた。初めて見たその景色は、もう一度振り返ってみれば飽きるほど見た変わり映えしないいつもの磯だった。

夢への切符

 

先日、沖磯でキハダが釣れた。

 

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実測18kg

 

初の20kgキハダゲットとはならなかったものの、ファイトはある程度落ち着いてできたし満足のいく魚となった。

 

前回の記事のイソンボに加え、その1週間後の沖磯でも良型のキハダがヒット(&ブレイク…)、それに続き今回も良型魚がヒットし海の状況が明らかに良くなってきているのを感じる。

 

この釣りはそんなに甘くないなんて事は誰よりも思い知らされているつもりだが、虚無の5ヶ月間を経験しているからこそ、帰るまでにあと一回くらいは良い魚に会えるチャンスがあるかもなんて淡い期待を抱いてしまう。

 

 

 

ところで話は変わるが、今回のヒットルアーはショアマニアのスイミングポッパー。実はこのルアーはお世話になっているサークルの先輩から頂いた物なのだが、品名の欄には“夢への切符”と書かれていた。

 

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この先輩はこんな感じのクサすぎることを平然とやってのける。そこに痺れる憧れる。

 

社会人になっても夢を熱く語るその姿に尊敬の念を抱かずにはいられない。

 

このブログもその先輩のクサすぎる文章に憧れて頑張って真似して書いている。(そのブログを紹介したいところだが本人の本意では無いと思うのでこの場では控える。)

 

こういう素敵な人間が自分の周りには他にもたくさんいて、相談に乗ってくれたりルアーやらなんやら送ってくれたりする。(Kさん、Mさん、TKさん、T さん、Iさん、Kちゃん、いつもありがとうございます。ここには名前書いてないけどお世話になってる人もたくさんいます。)

 

自分にもいつか、“夢への切符”だとか、“釣れるさかいに”なんて粋なメッセージを添えて誰かの力になれる日がくるのかな。

 

 

 

さて、普段から言っていることだが、自分にはこれといった才能がない。

 

天才でも秀才でも鬼才でもなく凡才ですらないかもしれない。

 

人を狂わせる文才、魅了するユーモア、説き伏せる正しさ、惹きつけるカリスマ。

 

全て無い。

 

それでも常々思っているのは、人にだけは恵まれているなと。

 

いろんな人が心配してくれるし、相談に乗ってくれるし、あろうことかルアーまで送ってくれたりする。

 

何も持ってないなんて事はなくて、こんなにも温かい人達と繋がっていた。そのことに、離れてみてから初めて気付いた。

 

この半年間で得たものの中では釣果と同じかそれ以上に価値があるものなのではないだろうか。

 

 

 

でもやっぱり、それだけで十分だと諦め切れるほど潔い人間でもないので、隠れた才能がどっかに転がってやしないかと今日も必死にありもしないものを探していたりするのです。